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挾土 秀平HASADO, Syuhei

正会員・議長
左官/岐阜県飛騨高山
左官は、おもしろいが、むずかしい。
うまくいけば最高で、得も言えぬ雰囲気が生まれる。
けれど、同じ分だけうまくいかないのも左官。
現代の建築の仕上げのなかにあって、「現場」という言葉がこんなにふさわしい職種はない。肌合い、色合い、堅さ、柔らかさを、施主の思いや設計士のイメージを聞き、土や木や砂などの素材に触れながら話して決めていく。そこに、かかわったみんなでともに生み出していく可能性がある。
生み出すとは独自の世界を持つということ。規格化されたカタログから材料を指定されて塗ることに不服はないが、左官が持っている自由な可能性は薄れ、そこには左官の能力は活かされていない。素材と技能をどうかけあわせようかと考え出していくのが左官の醍醐味。しかし、その本質が忘れられているのが現代の「現場」なのだろう。

職人社秀平組代表。1962年生まれ。岐阜県高山市出身、在住。熊本、名古屋などで修行後、地元に戻る。83年技能五輪全国大会左官部門で優勝。
30代までは野丁場の左官としてビルなどを担当し、美術館やホテルといった大きな現場も仕切る。2001年、「職人社 秀平組」を設立。土、石灰、砂といった自然から得られる素材を中心とした仕事を本格的に始め、物語性のある独創的な壁を制作。個展、ディスプレイ、執筆など活動の場を広げている。自然を畏怖しつつ、飛騨の職人の技を結集してつくる「歓待の西洋室」プロジェクトは02年から継続中。

主な仕事:「荏野文庫土蔵」(1995年・岐阜県高山市)、「箔座ひかり蔵」(2004年・石川県金沢市)、「TBS NEWS23スタジオセット背景」(05・06年)、「ザ・ペニンシュラ東京 ロビー・階段室など」(07年・東京都千代田区)、「洞爺湖サミット ゼロエミッションハウス・大陸のテーブルなど」(08年・北海道洞爺湖町)、「氷雪の壁」(09年・高山市)、「土祭 土舞台」(09年・栃木県益子町)、「東京中央郵便局 ロビー」(12年・東京都中央区)など。

著書:『のたうつ者』(毎日新聞社)、Essais,premiers pas 物語3部作『青と琥珀』『歓待の西洋室』『光のむこう』(木耳社)、『左官 挾土秀平の生きる力』(六耀社)

職人社秀平組 岐阜県高山市松之木町1108-6
Tel. 0577-37-6226 Fax. 0577-37-6227
関連サイト:左官 挾土秀平 official web site

荏野(えな)文庫土蔵(1998年修復、岐阜県高山市)。飛騨で活躍した江戸萬こと江戸屋萬蔵が1845年につくった土蔵の修復。江戸萬は、江戸から流れてきた左官で、随所に高い技術とセンスがうかがえた。

荏野(えな)文庫土蔵(1998年修復、岐阜県高山市)。強い漆喰と、やわらかい黄色い大津のなでものを組み合わせたところにも、江戸萬の美学を感じる。

ザ・ペニンシュラホテル東京 フロントの壁(2007年、東京都千代田区)。フロントデスクの背後に版築の意匠の壁をつくった。階段室の5階分吹抜けの金箔の壁も施工。

ゼロエミッションハウス玉虫厨子の部屋(2008年、北海道)。第34回主要国首脳会議、通称洞爺湖サミットのゼロエミッションハウスに、近未来の和室を、という依頼。ここには、復元された玉虫厨子が展示された。手前の座卓天板も、赤土磨きの左官。

ゼロエミッションハウス玉虫厨子の部屋の壁(2008年、北海道)。正倉院の校倉造りをイメージ。土で自在に形成し、さまざまな左官の役物仕上げを連続させている。

氷雪の壁(2009年、岐阜県秋神温泉・氷点下の森)。雪、氷、霧、湯と様々な温度の水の「相」を組み立ててつくったもの。いちばん身近なものを使い、跡形もなく消えた作品。

個人邸「メッシュ/アース」(2011年、東京都)。外壁のメッシュのスクリーン、2階・3階の天井、茶室の壁を仕上げた。設計/隈研吾建築都市設計事務所。

個人邸「メッシュ/アース」(2011年、東京都)。建築を覆ったスクリーンは、溶接金網を重ねたメッシュを土でくるんだもの。設計/隈研吾建築都市設計事務所。

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